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大門美奈 COLUMN「みつめた光の先に」

2021/05/24
by 半杭 誠一郎

大門美奈
横浜出身、茅ヶ崎在住。10代の頃画家 綾城圭三氏に師事後、アートスクールにて美術全般に関する基礎を学ぶ。公募展をきっかけに2011年より写真家として活動をはじめる。作家活動のほかカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。
International Photography Awards 2017および2019・2020にてHonorable Mentionに選出。
主な写真展に「Portugal」(リコーフォトギャラリーRING CUBE | 2011)、「本日の箱庭展 -The Miniature Garden-」(72 Gallery | 2013)、「浜」(キヤノンギャラリー銀座・名古屋・大阪 | 2018)
写真集に「Al-Andalus」(桜花出版 | 2014)、「浜」(赤々舎 | 2018)など。
ウェブサイト:www.minadaimon.com

#02 ひねくれ者の髪は夏の香り

2021/06/18
by 半杭 誠一郎

小学2年生でショートカットにしてからというもの、それまで直毛だった私の髪は性格とともに捻じ曲がるようになってしまい、梅雨時期は特に扱いに苦労する。うねりが強くなるくらいなら別に良いのだが、表面の髪がちりちりと綿埃のように丸まってしまうのがどうにも我慢ならず、ここ数年は6月になるとストレートパーマをかけるのが恒例となった。

さて、今年もその困った季節がやってきたのである。四の五の言わずストレートにすれば髪の扱いが格段に楽になるのは分かっているのだが、自分の個性を否定するような気がしてしまい、毎年必ず二の足を踏んでしまうのだ。今年も一度美容院を予約したものの、キャンセルした。そしてこれもまた例年のようにくせ毛専用のヘアケア商品を購入。毎年あらゆるメーカーの商品を検討し、これだ思ったものを試しているのだが、残念ながら潮を含んだ南風と湿度90%の空気に敵うアイテムには未だ出会ったことがない。今回の精鋭はこの髪をどうにか収めてくれるのだろうか。

早速出掛けにシャンプーしてみると何やら懐かしい香り。ああそうだ、夏になると夕飯のあとに祖母が出してくれた半分に切ったグレープフルーツ、それにグラニュー糖をひと匙かけて専用のぎざぎざのスプーンでざくざく切っていくときの香りだ。真っ黒に焼けた右腕とグレープフルーツの白い中果皮のコントラストを思い出す。

次はトリートメントである。ふむ、これは紫陽花の葉と薔薇の花を入り混ぜたような香り。脳裏に幼少期に過ごした家の庭が現れる。6月は紫陽花に鉄線、藤の花に山椒の葉、祖父が毎日せっせと手入れをしていた庭は、季節ごとに美しい花々を咲かせてくれた。

バスルームでひとしきり夏の香りを満喫し、最後にアウトバストリートメントを期待しつつ手に取り出して嗅いでみる。なるほどこうきたか、とにんまりする。ファンタグレープの香りだった。いちいち記憶の奥底をつついてくる香りが憎い。

それなりに整った髪を手で撫でつつ、まだ私はストレートパーマを掛けるか否か迷っていた。そう、まだ梅雨入りしていないのだった。どうやら曇天時の湿気には耐えられそうだが、雨が降り出したらどうなるか。こんなときに限って雨が降らないのは何故だろう。帰りの電車の中、うねり始めた髪を窓越しに確認して美容院の予約を入れた。結局こうなるのだ。でも今年は懐かしい香りとともに夏を過ごせるのだから良いではないか、と曇り空を恨めしく眺めた。

大門美奈「浜」(大門美奈のWebサイト)
大門美奈「浜」(赤々舎のWebサイト)
大門美奈「浜」(Amazon)

#01 夢の答え

2021/05/24
by 半杭 誠一郎

大人はなぜ子供に「将来の夢」を聞きたがるのだろう。
将来なんてなるようになるのではないかと幼い頃の私は思っていたが、不躾な質問をする大人に返す言葉は 持ち合わせておらず、じっと黙ってうつむいていた。彼らから見れば簡単な問いにも答えられない無愛想な子供だったに違いない。子供らしい返答でもすればきっとにっこり笑って頷いてくれるのだろうと知ってはいたが、私はそこまで親切な子供ではなかった。

現在私は写真家と呼ばれているが、写真家になりたいと思ったことはなく結果的に本業になっていただけである。いや、開業届を提出しているので本業にしたというべきだろうか。
ひとつのことを長く続けることが苦手な私にとっては、写真家という職業は常に新しい被写体と出会うことができるという意味ではおそらく合っているのだろうと思う。
何を写すかは、自分は世界をいかに捉えているかということである。人は見たいものしか見ようとしないものだ。その意味では写真を発表することは自分をさらけ出すことと同義であり、非常に気恥ずかしいものである。

私は基本的に好きなものにカメラを向けているし、写真とはそうした性質のものだと思っている。

2018年に「浜」という私の住む家の目と鼻の先の浜とその浜に集う人々の写真集を発表した。かけがえの ない浜での日々をただ残しておきたい、その一心で撮りためたものだ。
浜で過ごしていると、名前など無くても、自分が何者であるのかなど語らなくても良いのかもしれない、と思えてくる。社会的な名前から解き放たれ、身体的に誰かと繋がっていることを実感できる浜という場。その浜で過ごした数年間を写真集という形にしたことで、私は自分にとって写真の何たるかを知り、これからも向き合い続けるのだと思っている。

あなたは今何に興味を持ち、心を動かされるのか。
常に問われ続けそれに喜びを見出し、次に出会うであろう被写体に期待し、その出会いに心を躍らせる。それが写真家であることだと私は思うし、そうあり続けたいというのが今の私の夢だ。

・大門美奈「浜」(大門美奈のWebサイト) ※テキストにリンク設定してください → https:// www.minadaimon.com/book
・大門美奈「浜」(赤々舎のWebサイト)※テキストにリンク設定してください → http:// www.akaaka.com/publishing/daimonmina.html
・大門美奈「浜」(Amazon)※テキストにリンク設定してください → https://www.amazon.co.jp/ %E6%B5%9C-%E5%A4%A7%E9%96%80-%E7%BE%8E%E5%A5%88/dp/4865410864/ ref=sr_1_2?dchild=1&qid=1621669050&s=books&sr=1-2

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