#03 蕎麦屋の話

八丁堀に住んでいた頃、ひとりの夜は一駅先の蕎麦屋へ向かうことが度々あったものだ。夜の新大橋通りは日中とは打って変わってひっそりとしていて、若干小走りになりながら蕎麦屋へ駆け込む。

案内された席に着こうとすると「お茶でいいかしら、呑みますか?」と女将が訊ねる。少し頂きます、と答えると奥の静かな席の方へ案内してくれた。特に気にはならなかったけれど、最初に案内された席は近辺のサラリーマンたちでいっぱいで、ひとりでお酒を呑むには賑やか過ぎたかもしれない。

おそらく夏の初めだったろうと思う。その日はまずアジのたたきを注文。お通しはきれいに湯剥きされた茄子を出汁に浸したもの。それらを少し時間をかけて袴を履いたサッポロの小瓶で流し、呑み終えたところでせいろに蕎麦湯。長居は無用である。

現在は神奈川の海沿いの地に居を移しているので、日常使いできる気の利いた蕎麦屋が近くにないのは少し寂しい気もするが、海の近くは蕎麦よりも中華そばが合うので仕方ない。食いものは場を選ぶものだ。蕎麦といえば六本木近くで働いていた頃、よくランチに行く蕎麦屋があった。場所柄外国人も多く、艶のあるスーツを着た彼らも豪快に音を立てて蕎麦を啜る、そんな店だ。私は冬は温かいごぼ天蕎麦、夏はたぬき蕎麦を注文するのが定番だったが、ずっと気になっていたメニューがあった。「板わさごはん」だ。お値段880円(当時)。

2年半ほどその職場には勤務し、退職する前についにその「板わさごはん」を注文することにした。まさか板わさに白飯だけということはないだろう。注文すると板場から何度も注文を聞き返した上、先ほどのウェイトレスが確認しに戻ってきた。板わさごはんで間違いない旨を伝えたが、どうも嫌な予感がする。私は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。

やはり注文を変えてもらおうか、と悩んでいるうちに黒いお盆に乗ってやってきたのは、まさに板わさごはんであった。板わさと、ごはんに味噌汁、それに壺漬け。刺身定食の刺し盛りが蒲鉾に置き換わった、とイメージすれば大体正しいだろう。白いごはんで板わさを食べることは2度とないだろうと白い蒲鉾とごはんを交互に口に運びながら私は少し後悔していた。

写真も撮った気もするが、白熱灯の光の下で白い蒲鉾にピントを合わせるのには手こずった記憶がうっすら残っている。板わさは蕎麦前。蕎麦屋では素直に蕎麦を手繰るのが良いらしい。


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