#05 サブちゃんは歌う

大門美奈コラム6回目 

数年間歯医者から足が遠のいていたらやってしまった。たまにはきちんと手入れしなくては、と左上奥歯近くにフロスを差し込んだところ、歯が欠けた。いや、厳密には20年ほど前に治療した部分の白い詰め物が取れてしまったのだ。

いつもは出来るだけ近づかないようにしているくせに、こんなときだけ「出来るだけ早い日程で」なんて言葉が口から出るなんて全く勝手なものである。

とりあえず応急処置の後、ひととおり歯の点検とクリーニングを施してもらう。このクリーニングが私はどうにも苦手だ。ともすれば歯を削られるよりも嫌だ。私の通うクリニックの歯科衛生士さんは手際が良いので特段痛みを感じることもないのだが、あの歯石を取り除く際の超音波音と振動がどうにもダメで、思い出すだけで首から腰にかけて緊張が走る。

もういい大人なので、処置中は(歯を食いしばることはできないので)爪が食い込むほど両手の指をがっちり組んで耐えてはいるものの、音だけでもどうにかならないだろうかと、クリーニングのたびに頭の中でサブちゃんに与作を歌ってもらってどうにか誤魔化している。

ヘイヘイホーと歌っているうちはまだまだ余裕である。そのうち歯石の除去作業も佳境に入り、いよいよ耐えられなくなると途中のフレーズを飛ばし気味にして強引にサビへと持ち込むのだが、与作、与作、と何度も熱唱してもらっているうちに心なしかサブちゃんの声が掠れてきたような気がする。さてサビを何回かリピートの後、尺八の音が聴こえてくる頃には私も頭の中の彼らも息も絶え絶えである。どうにか無事クリーニングを終え肩で大きく息をついた。

やはり歯医者には定期的にいかねばならんのだ。そうすればサブちゃんに大熱唱させることも、尺八の音色をいつまでも頭の中に響かせることもないだろう。
クリニックを出ると追い打ちをかけるようにひんやりとした空気が歯の隙間を流れてゆく。秋の風だ。治療を終える頃には冬も近いのだろうか、新酒の味を思い出しながら舌でつるつるになった歯の表面を確かめた。


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